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板門店ツアー参加記(その3)
2006 / 04 / 19 ( Wed ) 03:27:06
板門店ツアーの続きです。

今日も「自由の家(자유위집)」からの風景です。

ちなみにこの建物が自由の家です。
家というよりも、「あずまや」といった感じの建物です。
余談ですが、映画『JSA』では、イ・ヨンエがここにたたずむシーンが出てきました。
自由の家

自由の家の向かい方には北の監視小屋があります。
監視小屋の手前に打ち込まれてある白い杭が国境をあらわしているんだそうです。
監視小屋遠景
 
これが国境…。
国境線

北の監視小屋。
監視小屋

よくよく見ると、窓が開いていて、その向こうに人の気配が…。
こちらからは相手側がよく見えないというところに、不気味さを感じました。
私達ツアー参加者をじーっと監視していることだと思います。
監視小屋の窓

板門店全景。
右奥にある3階建ての建物が北朝鮮の板門閣。
手前にある、細長い平屋の建物群のうち、右端の灰色の建物は北朝鮮側の所有なんだそうです。
青い建物は韓国側の所有。
そして、手前から2軒目の、少し屋根の傾斜が緩やかな建物が本会議場です。
自由の家見学が終わると、次はいよいよ本会議場へ。
最前線へと行くことになります。
板門店遠景

本会議場アップ。
これから来る見学者のため、ドアが開けられています。
韓国軍兵士が、建物のかげに身体を半分隠して立っています。
この体勢が攻撃・防御共に一番最適なんだそうです。
本会議場

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板門店ツアー参加記(その2)
2006 / 04 / 15 ( Sat ) 23:02:33
板門店ツアーの続きです。

臨津閣を出ると、いよいよ最前線地区です。
進むにつれ、だんだん周りの警備が厳しくなってきます。
臨津閣を出た後は、バスの外の景色を撮影することは一切禁止されました。

道の両側に鉄条網が幾重にもめぐらされ、さらに数十メートルおきに警備兵がいます。
ツアー参加者たちの間にも緊張が走ります…。

そしてバスはいよいよ民間人統制区域の中へ。
そこには検問所が置かれ、中に入る人は身分証明書の提示を求められるのです。
もちろん板門店ツアーの参加者も例外ではありません。
いったんバスは停車し、韓国軍の兵士がバスへ乗ってきて一人づつパスポートを確認するのです。

検問所を通過し、それからまたしばらく行くと、目的地の板門店地区へ到着です。
検問所から板門店地区の間は、人の出入りが厳しく制限されています。
朝鮮戦争の休戦から何十年もの間、手付かずだったため、皮肉なことに野生動物の楽園になっているのです。
私達が行った時は、バスの前に大きないのししが現れました…。

板門店地区に入ると、地区内専用のバスに乗り換えなくてはなりません。
ツアー参加者は乗ってきたバスからいったん降りて、国連側が準備したバスに乗り換えるのです。
何台もの観光バス(ソウル市内から板門店ツアー参加者を運んできた)が止まっていました。
バス


ここがバス停です。
ツアー参加者は、国連のバスが到着するまで、しばらくここで待たされるのです。
JSAバス停


ここがJSA地域であることを示す看板(ただしこれは記念撮影用と思われます)
JSA看板


バスに乗り換え、ツアー参加者一行はまず「キャンプボニパス」という建物へ案内されまう。
もちろん、そこまでの道中は撮影厳禁。
なのでしばらく写真はありません。

キャンプボニパスでは、板門店の歴史について簡単な説明を受けます。
これから行くところがどんな所なのか、どんな意味を持っているところなのか思い知らされます…。
そして「何が起こっても国連および韓国に対して責任を追及しません」という誓約書にサインさせられます。
この誓約書へのサインを拒否すると、ここから先の地区に入ることはできません。
誓約書を提出すると、国連マーク入りのゲストバッジをわたされます。これは「この人は国連の招待客である」ということをあらわすもので、そのバッジをつけている人は攻撃してはいけない、ということになっているそうです…。
なので、必ず左胸に目立つようにつけるよう指示されました。

そして一行は共同警備区域・JSAへ…。
このとき、荷物はすべてバスの中においていかなければなりません。
ただし、カメラ(カバーをはずした状態のもののみ)の持込は可です。

まずは「自由の家」へ。
自由の家からは板門店の全域が見渡すことができます。
以前はここからの写真撮影は厳禁でしたが、ここでもいつの間にか規制が緩和されたみたいでした。
ちなみに、水色の建物は韓国側、灰色の建物は北朝鮮側の所有なんだそうです。
板門店全景

奥に見えている3階建ての建物は、北朝鮮の「板門閣」です。
なお、写真撮影は可ですが、北朝鮮側を挑発するような行為(指差したり、手を振ったり、大声で叫んだり…など)は絶対にしないようにときつく言い渡されました。
板門閣

望遠レンズで板門閣を見てみたら…。
北の兵士がこちらを監視していました。
厳しい視線を感じ、緊張は最高潮に…。
北の兵士


板門店ツアーは、まだまだ続きます。
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板門店ツアー参加記(その1)
2006 / 04 / 10 ( Mon ) 23:08:14
板門店ツアーに行ってきました。

ツアーに参加するためにはいろいろと制約があります。
まずは、3日前までに申し込まなくてはならないのです。
その時、パスポート番号と生年月日、名前を正確に言わないと、参加できなくなってしまいます。

そしてツアー当日。
必ずパスポートを持っていかないと、統制区域内に入ることができません。
また、服装にも制限があり、迷彩服やミニスカートなどの露出の多い服、サンダル履き、ジーパンにTシャツなどは禁止されています。

ツアーはロッテホテルなどの特級ホテルから出発します。
ホテル内にツアー会社の案内デスクがあり、そこでパスポートをチェックし、本人確認のうえ、バスに乗ります。
このとき、バスの座席もあらかじめ指定されています。
ちゃんと指定された座席に座らないとツアーは出発しません(苦笑)

途中、プルコギの昼食を食べます。
以前は板門店にある国連軍のキャンプで昼食だったそうですが、あまりにもツアー参加者が増え、キャンプ内の食堂ではさばききれなくなったため、外の食堂でお昼ごはん…。

昼食後、まず立ち寄るのが臨津閣(イムジンガク)
ここは民間人統制区域の外なので、だれでも行くことができます。
イムジン閣

ここには「自由の橋」があります。
朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた後、捕虜になった兵士が「自由万歳」と叫びながら帰還したことからその名がついたんだそうです。
自由の橋プレート

ハングルは통일(トンイル)=統一です。
自由の橋全景

橋の下には朝鮮半島をかたどった池があります。
噴水池

横から見るとこんな感じです。
以前同じツアーに参加した際は、この角度からの写真撮影は厳禁でした。
保安上の理由から、とのことでしたが、いつの間にか撮影は解禁されたようです。
自由の橋

自由の橋を渡りきると、そこには金網が張られていて行き止まり…。
で、この先は北朝鮮…というわけではありません。
金網の先は京義線の線路が走っていて、そこは民間人統制区域になっているのです…。
金網には統一を願う旗が幾重にもくくりつけられていました。
自由の橋金網

向かって左側が現在の京義線の線路。
臨津閣駅の次は都羅山駅。そこが韓国の最北端の駅なんだそうです。
右側の橋脚は、朝鮮戦争当時爆破された橋の残骸。
橋脚のみ残されています。
線路

ここは望拝壇といって、北朝鮮にお墓のある人たちが先祖の法要をするところです。
民間人が何の制約も無く来れる、北に一番近い場所がここだから…。
望拝壇

臨津閣の観光案内所。
建物の前に立っている人形は韓国軍&国連軍の兵士のつもりらしいです。
でもなんだか映画『JSA』のイ・ビョンホンとイ・ヨンエのような感じが…?
観光案内所

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